ご結婚されたときは年の差婚で話題になりましたね。
年の差婚と
梨園の世界への挑戦
主人が66歳、私は33歳での結婚でした。年の差もあるのですが、主人はすでに人間国宝でしたし、「梨園」という独特の世界へ飛び込んだというのもあって、周囲のみなさんにはずいぶんと気にかけていただきました。でも、主人は舞台ではたしかにすごい役者だなと思いましたが、それ以外ではそういうことを感じさせる人ではありませんでした。人間国宝というのは通称で、正式には「重要無形文化財保持者」というのですが、それは長年やってきた芸能に対して、国が認めてくださったということで、自分は特に偉いわけではないんだと話していました。
ですから、歌舞伎では高く評価されていましたけれども、社会生活においては一人の人間として、一般の人と何も変わらないというスタンスでした。本人も特別扱いされることを望みませんでしたし、家庭内でもごく普通の夫だったと思います。

富十郎さんは普通の生活を望まれていたのですね。
そうですね。主人は父親が歌舞伎役者で母親が日本舞踊家だったので、比較的家族との縁が薄かったのかもしれません。両親とも留守がちでしたから、普通の家庭の営みを知らずに育ったようです。70歳近くになってから家庭を持ち、子供も2人も授かって、それだけでとても幸せというような感じでした。それまでホテル暮らしが長かったり、自宅には寝るためだけに帰ったりという生活だったので、仕事を終えて家に帰って来るということを、多分、初めてしたと思うのです。晩年になって、家庭とはこういうものなんだなと実感することができて、本当に幸せを感じていたのではないかと思います。

お子さんとの写真を拝見すると、どれも幸せそうな笑顔ですね。
家族との縁と
新しい家庭の喜び
ええ。もう、かわいくてたまらなかったのでしょうね。年齢的には普通のお父さんと同じようにできないこともありましたが、気持ちとしてはずっと若々しかったです。仕事が忙しくてあまり家にいないお父さんも多いかと思いますが、幸い主人は仕事場に子どもたちを連れていくことができましたので、1日の多くを子ども達と一緒に過ごしていました。出かけるのも好きで、親子で一緒に旅行をしたときなどは、本当に嬉しそうでした。

富十郎さんとの結婚生活はいかがでしたか?
結婚生活は15年間と決して長くはありませんでした。しかし、夫婦の絆は時間の長短で決まるものではないと改めて感じています。本人はもっと頑張れるつもりでいたと思うのですが、81歳という年齢は天寿を全うしたとも考えられるのではないでしょうか。とにかく最期まで意識はクリアでしたし、悟りを開いたような状態のように見えました。入院していた都内の病院では朝、昼、夕に鐘が鳴るのですが、そのタイミングで発する主人の言葉がとても深く、神々しさすら感じた程でした。
自分の死期が迫っているのを知ったら、普通は不安と恐怖でいっぱいになると思うのですが、主人からはそういった負の感情を超えた、もっと高いところから見下ろしているような、そんな潔さを感じました。ただただ、家族と一緒にいられる時間を大切に、そして私も子ども達と一緒に、それに応えるよう努めました。この時に、家族の絆はより一層強く結ばれたと思っています。

「新春浅草歌舞伎」は絶賛上演中です。
千穐楽まであと4日!
ぜひご観劇ください!
お待ちしております。
【公演日程】
2025年1月2日(木)~26日(日)

《観劇レポート》

渡邊 正恵(わたなべ まさえ)

《お知らせ》
婦人画報(株式会社ハースト婦人画報社)
2025年2月号に掲載されました。
ぜひ、ご覧ください!

